東京高等裁判所 昭和56年(う)1634号 判決
所論は、被告人に対する原判決の量刑は不当に軽い、というのである。
そこで、原裁判所が取り調べた証拠を検討すると、本件は、被告人が(一)、原判示第一のとおり、かねてより性的興味を抱いていた高校時代の恩師であるA子を強いて姦淫しようと企て、同女宅に侵入し、同女の息子の教師を装つて同女の勤務先にその息子が怪我をしたなどと虚構の内容の電話をかけて同女を帰宅させ、予め用意した肥後ナイフを示して「静かにしろ、動くと殺すぞ。」等と申し向け、同所にあつたパジヤマで目隠しをし、その両手を背後で縛りつけて布団の上に押し倒すなどの暴行、脅迫を加えてその反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が生理中であつたため、その目的を遂げず、(二)、同第二、第三のとおり、高校時代の教師であつたC男の妻B子が以前見かけた際美しかつたことを思い出し、同女を強いて姦淫しようと企て、右Cの同僚教師を装い、まず電話で同女が自宅に一人でいることを確めたうえ、書留の配達に来た郵便局員を装い同女方に赴き、応待に出た同女が被告人作成の偽書留郵便の受取り手続をしている隙を狙い、やにわに所携の前記ナイフを突きつけ、「声を出すな、声を出すと殺すぞ。」などと申し向け、同女を廊下の奥へ引きずり込もうとするなどの暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧して同女を強いて姦淫しようとしたが、同女が被告人の腕を振り切り悲鳴をあげながら裸足で家の外に逃げ出したため、その目的を遂げなかつたものの、その際同女に全治四日間を要する右上口唇部擦過傷を負わせ、さらに右C方から逃走すべくバイクを運転し、友人宅へ向かう途中、D方前を通りかかつた際、たまたまその家から若い女性二人が自動車で外出するのを見かけ、同家にまだ外に女性が居るのではないかと推測し、その家人を姦淫する目的で同家に故なく侵入した、という事案であつて、その各犯行の動機、経緯、手段態様、結果等、特に、原判示第一の被害者は、被告人の高校時代の恩師であり、同第二の被害者は、被告人の高校時代の恩師の妻であつて、かかる立場にある女性を自己の性的欲望を満たすための対象に選んで、その挙に出ること自体、人倫にもとる悪質、異常な行動であるばかりか、右第一、第二の犯行にあつては、予め被害者の息子が通う中学校の教師(同第一の犯行)、被害者の夫の同僚教師(同第二)といつた被害者をして信用させるに十分な身分を有するような者を装い、いずれも言葉巧みに被害者に不信を抱かせないようにして、その帰宅を促し(同第一)、あるいは一人で在宅していることを確かめ、(同第二)、さらに脅迫用のナイフ、顔を隠すための日除け帽、マスク等を用意したほか、同第一の犯行については、目隠し、猿ぐつわ、手を縛るのにそれぞれ使用するための切り裂いたタオルや指紋を残さないための軍手を、同第二の犯行については、自ら偽の書留郵便物まで作成用意し、加えて、右各犯行後の発覚防止及び逃走に便利なように、各被害者方からある程度の距離をおいた地点にバイクをエンジンキーをつけたまま停車させておくなどしていたもので、その犯行は極めて慎重かつ綿密に組み立てられた計画的な犯行であること、また、右第一の犯行にあつては、被害者が生理中であつたことから姦淫行為は未遂に終つたとはいえ、被告人の前記暴行、脅迫による恐怖と息子の身に気を遣うことから抵抗できない同女の唇に接吻し、着衣をめくつて乳房を弄ぶなどしており、同第二の犯行にあつては、被告人を郵便集配人だと信じて書留の受取り手続をしている被害者に、いきなりナイフをつきつけ首を紋めつけるなどしていたもので、その犯行態様はいずれも大胆、悪質であり、さらに右各被害者の前記身分、立場をも併せ考えると、その各心身に受けた驚愕と苦痛は大きく、右被害者両名とも被告人に対する重い処罰を望んでいること、さらに、右第二の犯行は、同第一の犯行が発覚していないらしいことに乗じたものであり、同第三の犯行は右第二の姦淫の目的自体は失敗して逃走する途中であるにも拘らず、通りすがりの前記後藤方に何のためらいもなく性的欲求のおもむくまま強姦の目的で侵入したもので、たまたま家人が留守のため、姦淫の目的は遂げなかつたとはいえ、被告人の性的犯罪者としての悪性を窺わせるものとして危険かつ悪質な犯行であることに加えて、同第二、第三の犯行当日の夕方、B子に対する件に関連して警察官から職務質問された際には、「今日の午後に列車で東京から帰り、その後勤務先で仕事をしていた。」などとアリバイを主張して巧みに追及をのがれるなどしていたことや、被告人は従前より女性用の他人の下着を集めたり、風呂場ののぞき見を試みたりするなど、その性的な面での素行が不良であつたことに、当審における事実の取調べの結果によれば、A子は現時点においても被告人を宥恕するに至つていないことなどを総合すると、犯情は悪質であつて、その刑事責任は重く、再犯の可能性も否定できないものがある、というべきである。
なるほど、右第一、第二の各犯行については、いずれも姦淫行為それ自体は未遂に終つており、同第二の犯行で被害者の負つた傷害は全治四日間を要する右上口唇部擦過傷というもので、その傷害の程度は軽微であること、被告人が未だ若年で格別の前科もなく、その生い立ちについても原判決がその量刑の理由の項で説示するごとく、幼くして父と死別後現在に至るまで一方ならぬ苦労を重ねて高校を卒業し、地元の信用金庫に就職して家計を支えるかたわら勤務先からの貸付けを受けて姉の結婚費用の援助等していたことや、本件犯行の発覚により右勤務先も免職になるなどして相応の社会的制裁を受けていることが認められるほか、被告人が本件の重大性を認識し、被害者のみならず被害者の家族に与えた物心両面にわたる影響を憂慮、懊悩していることや、被告人の母親において被告人の更生に全力を尽くすことを誓うとともに、原審当時から弁護人ともども右第一、第二の各被害者に対し謝意を表していることや、当審における事実の取調べの結果によれば、被告人が現在勤務する会社の専務取締役が被告人を指導監督する旨誓つていることが認められることなど、被告人にとつて有利な、又は同情すべき事情も認められる。
しかしながら、前述した本件事案の重大性、被告人の刑責の重大性に鑑がみると、右被告人にとつて酌むべき諸事情を十分斟酌しても、本件は、保護観察付きとはいえ執行猶予を付すべき事案とは認められず、従つて、原判決の量刑は軽きに過ぎ不当であると言わざるを得ない。論旨は理由がある。
よつて、刑訴法三九七条、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件について更に判決する。原判決が認定した事実に原判決と同一の法令を適用して処断すべきところ、被告人には前述した有利な又は同情すべき諸事情があるので、刑法六六条、七一条、六八条三号を適用してその刑を減軽した刑期の範囲内で、被告人を懲役二年六月に処する。